モンテ微塾 故中村佐喜雄先生の手記より1
この手記は、1998.2.1の故中村先生の五十日祭(四十九日にあたる)に参拝した際に、いただいてきた原稿用紙3枚の先生自筆の文章から。ある新聞に載った文章とのことです。子どもを理解するとはこういうことなのか。障害児教育の原点を語られている中村先生の思いが伝わってきます。ぜひ一読を。コーヒー牛乳とは雨の後の運動場の水溜まりの泥水のことです。
以前に私が公立小学校で、障害児教育を担当していました頃のことです。
かなり重い自閉的障害児の小学校へ入学したばかりのM君が、雨天の後の水溜まりの泥水を飲んでいると言う噂を耳にしました。
しかもそれが間もなく地教委にも知れわたり、校長さんからも「中村先生、こんなことではM君に赤痢にでもかかられては大変ですから、”就学猶予にでもしないといけませんな”と言っていますがどんなものでしょうか」と言われましたので、私はびっくりしました。
「ちょっと待って下さい、私はM君を何とか教育してみたいので、そんなことをされますと困ります。そのM君の癖は私が止めてみせます。」と答えてみましたものの、今すぐにはどのように対処していいか分かりません。
M君を呼んで言い聞かせましたが、さっぱり反応がありません。とにかく降雨を待って考えてみることにしました。
或る日の雨上がりの校庭で、私は一人遊びをしているM君の近くからそれとなく見ていますと、M君はにこにこして側の水溜まりに近づいていき、「やあ、コーヒー牛乳!」と言うなり、ポケットからハンカチを取り出すと、座って水溜まりに浸し、雨水をタップリと含ませて、もう片方の手で包みこむようにして口に持っていこうとしましたので、私はとんでいって「だめ」と言うなりM君からハンカチを取り上げ、強く抱きしめて、「コーヒー牛乳ちがう」と言いますと、M君はかなり驚いた表情で私にしがみつきました。
その様子があまりにも可哀そうに思えたのと、今一歩M君に理解を得るためにもと、私はM君の見ている前で、M君の今行ったしぐさをそっくり真似てみました。
そして、ついでに私の舌でペロリと雨水をなめてみて驚きました。
何とおいしいこと、プーンと泥くささと言うよりも一種の香ばしい匂いに。
ああそうだったのか、水道水のカルキの匂いよりははるかに美味なのです。
丸でコーヒー牛乳そっくりの色もしているし・・・これで分かったぞ、そして私はすかさず「M君、コーヒー牛乳ちがう、だめ」と再度強く言って、ハンカチを地面に強く叩きつけました。
M君は大きな目を見開いて私のすることをじっと見ていましたが、ピシャっと地面に叩きつけられるハンカチの音を聞いて何事かを感じ取ってくれた様でした。
その後はプッツリとこのたぐいの噂は聞かなくなりました。
おかげで私は地教委からM君を取り上げられることもなく、指導法の大切なことがらをたくさんM君から教わることができたのです。
これに続いて、中村先生の実践を載せていく予定です。お楽しみに。1998.2.7
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