中村佐喜雄先生追悼文集 1999.1.21
京都府相楽郡木津町 小林 俊文
私と中村先生との出会いは、私が奈良県の斑鳩小学校一年の時に鼓笛隊に入り、そこで
顧問をしておられたのが中村先生で、今から27年も前のことです。
それ以来、先生と父が1歳違いで“酒好き”という共通点から、家族ぐるみのお付き合い
が始まりました。
先生は当時から、一見すると“酒を主食に生きる変人”でしたが、何かのきっかけでそ
の潔い生き方に触れ、私は先生の深い信者になってしまいました。
私が小学生時代には、とにかく礼儀をきびしくしつけられまして、天国に行かれた今で
も先生のことが怖いのですが、そのことが現在でも非常に役に立っています。ですから、
岡山の方にお邪魔させていただいて先生にお会いすると、気が引き締まって初心に戻れる
ような気がしたものです。数多くの恩師の中で、社会人になってもお付き合いさせていた
だいているのは、中村先生と大学のゼミの先生だけですので、私にとっては非常に特別な
存在の方でした。
岡山の方に行かれてからは、あまり体がお強いほうではないのに、ホワイトボードの予
定表が夜遅くまでびっしり埋まっているのに驚き、もう少しお体を大切になさればよいの
にと思っていましたが、誰の言うことも聞かないのがまた、先生らしいなあとも思ってい
ました。逆に、毎日多くの子供たちに会うことが先生の元気の源だったのかもしれません。
先生と亡くなった父と母と私と、4人で近くの温泉に泊まってきじ鍋をつついた事も、
そこで使い古しのオロナミンCのビンに入った漢方薬味の変な飲み物を、身体に良いから
といって飲まされた事も、数少ない楽しい思い出になってしまいました。
先生、天国でまた父と酒を酌み交わしながら、我々教え子を見守っていてください。
さようなら_